答志島・和具③墓参

凄いですよね?村中にこんな標識がででーんとあるんですから。 

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たぶん、暑さのせいかと思うのですが、迷ってしまって村中をウロウロ。お寛ぎ中の漁師さん?たちに「何だアイツは!?」と睨まれている気がして内心ビクビクでした。

 

洞泉庵址

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現在はコミュニティセンターになっているのですが、よくみると「九鬼の館」と看板が出ています。

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血洗いの池。

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 復元のようですね。

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水源となる山のようです。 

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 胴塚に到着しました。

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県の史跡に指定されているようです。

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こちらですね。公の亡骸がこちらで、御首は鳥羽を一望できる山頂の方に葬られていいます。

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こちらは村から出征した方たちの墓所のようです。

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この先が遊歩道ルートです。

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最初は、首塚から遊歩道で胴塚の方まで回るつもりだったのですが、道中、道なき道状態で無理すると危ないなと引き換えし、大人しく下から行く事にしました。何のこれしきと頑張ったんですけどね、今、私に何かあると皆困るので苦渋の選択でした。

でも、この胴塚側の様子をみると、諦めて正解だったようです。とてもじゃありませんが、この炎天下に道なき森など歩いていられません。

 

炎天下

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山頂では割と泣き言を言ってた様な気がしますが、おかげで少しすっきりできましたので、こちらでは普通に手を合わせて御暇致しました。たぶん、もっとちゃんとお花取り替えたり、お掃除したりしないといけないのだと思いますが、不心得者は手ぶらでしたので。

港の方へ戻ります。

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 空が青いですね。

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胴塚はこの標識のところから、そのまま真っすぐ。首塚も標識通りに行けばたどり着けます。遊歩道は気にしない方がよさそうです。

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さすが漁村ですね。街に車が並ぶように船がずらりと。

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待合所です。

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 十時少し前に戻ってきたので、十二時まで待ち惚けです。 

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仕方ないので島の観光案内を激写。 

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先程までいた山頂。

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そして、鳥羽方面。

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あまりにも暇なので太陽もと思ったのですが、眩しすぎて真ん中に収まりませんでした。  

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結構、小魚がいます。

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以上、私のささやかな墓参でございました。

これで心月院(三田)、常安寺(鳥羽)、和具(答志島)とすべて回ることができました。私の場合には、九鬼家との関わりでと言うよりは、私を可愛がってくれた曾祖母のお墓が九鬼にあるという事が大きいのですが、今回は家というものをもう一度よく考えたいという思いがあって、家のため、遺される者たちが立ち行くように身命を投げうった公の墓前に参って、溜息をついてきた次第です。

もちろん、実際の当時の状況を私は知りませんし、公の想いは公のもの、私の想いは私のものです。そして、その区別をつけることに私は何の躊躇もありません。

 

さて、 

法事と墓参り、お仕事とこれで一通り済みましたので、残るは最後の目的地、伊勢戦国時代村です。今は桃山文化村というようですね。